「戦国妖狐」足利義輝の名言と友人・華寅とは?

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「戦国妖狐」足利義輝の名言とは?

足利義輝:自称テルさんの人柄が名言につながっていると個人的には感じています。

そんな、テルさんの影響を大きく受けたのが、第二部からの主人公でもある千夜(せんや)です。

千夜の成長に大きく関わっていくテルさんの名言を見ていきましょう。

「戦国妖狐」足利義輝とは?

室町幕府第十三代将軍・足利義輝公です。

自称:テルさん

家来たちの憧れでもある、地位が高いのに剣の達人でもあります。

テルさんのなりたいもの。

それはズバリです!

しかし、○○のように…

ではなく、鳥そのものになりたいのです。

さらに、着物に羽をつけて、屋根から飛び下りる。

こんな将軍様なら個人にも会ってみたいなぁ~っておもいます。

「戦国妖狐」足利義輝の友人・華寅とは?

テルさんの友達と紹介されたのが、華寅です

華寅は、京の大土地神(きょうのおおとちがみ)です

華寅は見た目はかわいらしい少女です。

なのに、衣服をいっさい着ておらずすっぽんぽんなところが、神様らしくて個人的には違和感はないのですが、、、

やはり、真介は服を着てほしいらしく、お願いするのですが「イヤじゃが」で終わらす。

な~んてところが、気にしている真介の方がおかしいの?とおもうほどあっけらかんとしている華寅。

個人的にも、そして人それぞれの思い込みで服を着ることが当たり前だとおもうから、着てないと違和感を感じてしまうのか…。

自分の常識が非常識なのかもしれない。。。

だから、土地神の華寅にとっては、服を着ていることがおかしいのかもしれませんね~。

自分の固定概念を押しつけてはいけないなぁ~とおもわせてくれる華寅です。


「戦国妖狐」足利義輝の名言とは?

テルさんの心に響く名言をみていきたいとおもいます。

「御前は人だ ただの力持ち」
「千体の闇を埋め込まれ 自在にバケモノに変われる体質の人であろう」
戦国妖狐 新装版 第40回より

「おれはバケモノです」という千夜に対して言ったセリフ。

さらに、テルさんは千夜がまるで不思議なことを言っているかのような真顔で言うのです。

千夜のバケモノのような腕にたいしてもかっこいいのう」と、なんだかうらやましがっているように感じてしまいます。

テルさんにとって、闇(かたわら)も人も何も変わりはないのでしょう。

顔の形、肌の色、何本もある腕や足、いくつも目がついていても、差別なんてしないのでしょう。

何ら変わりのない、皆一緒だと。

あえていうなら、その違いは個々の個性になるのだと個人的にはおもいました。

「その身がお前だ お前がその身だ」
「己をよく見よ そして知れ その身こそが
お前がお前で あることを 叶えるための 手段であることを」
「その身を極めよ 千夜‼」
「それが望む世界を創造する道だ」
戦国妖狐 新装版 第45回より

千夜が月湖をムドに連れさられ、居ても立っても居られない状態になり、テルさんが千夜をなだめているシーンのセリフ。

千夜は争そいはしたくない、しかし月湖を助けたい。

ムドの目的は千夜との力比べ、戦うことが目的なので千夜は葛藤しますよね。

そして今日ほど、この身が憎いと思ったことはないとテルさんに訴えます。

個人的には、同じ土俵に立つから争いがなくならないとおもっていますので、

テルさんがいった「己を極めよ」は、同じ土俵でファイティングポーズをとるのではなく、その目線を自分自身に戻せと言っているのだとわたしは感じました。

自分の内側を見つめ直し、己を極める!そのことを伝えたかったのではないかとおもいます。

自分が望み創造した世界は、もうすでに存在していると常に個人的には感じています。

あとは、その世界にアクセスするだけです。

「笑うことは 心がなければできぬ」
「笑っておる限りお主は兵器には戻らん」
「生くるを楽しめ 何かを極めるには楽しむことを忘れてはいかん」
「しかめっ面して努力だ根性だ言ってるうちは
真髄はこちらを向いてくれぬものだ」
戦国妖狐 新装版 第47回より

記憶を取り戻し、人であると実感している千夜がだからこそ、戦いの日々に戻りたくはないと泣くシーンにテルさんが言ったセリフ。

千夜が月湖を奪い返すためにムドとの戦いの時には、自分の闇に向かって「笑え‼」といい、

ムドに対しては、「お前とは遊びにきたと言っています。

ムドに勝利した時には、千夜の口からでた言葉は楽しめた」でした。

テルさんの言ったように、努力だ~あ、根性だ~あ、言っている時って決して口角は上がっていませんよね。

もし、自分の真髄に触れるのならしかめっ面より笑っていた方が、自分がほしかった答えにたどり着けそうな、そんな気がします。

人生楽しんだもん勝ちと言いますが、まさにその通りだとおもうのです。

個人的にも、悩んだりしかめっ面している時って、自分につながっていないからほしい答えなんてみつけられない。

ですが、毎瞬心地よく楽しくしている時ほど、求めていた答えにたどり着くと実感しています。

「時と可能性には無限の揺らぎがあり 選択は常に自由だ」
「同時に運命も 全て決まっていて 決めたのはわし自身だ」
戦国妖狐 新装版 第46回より
「滅びの運命に屈したのではない」
「ここにわしの悟りがあると知っただけのこと」
「わしは わしが選んだ道を ただ笑うて歩むのみ」
「逆に問う キサマらの選んだ道は
キサマらを笑わせるのか?」
戦国妖狐 新装版 第51回より

テルさんは幼少期のころから”足利”が弱いということを知っていました。

足利家には王の器はいない”ことも。。。

そして、テルさんは自分の生涯を走馬灯のようにみて、己の死を知ってしまいました。

テルさんがこの世を去る永禄8年5月19日(永禄の変)。

松永久秀(まつながひさひで)が、攻め入った戦いの真っ最中、

自分の死を予知していたテルさんの前に謎の五人組が現れ、テルさんだけが会話しています。

テルさんの運命は、あらかじめ自身が決めた運命です。

いっさい誰のせいにもせず、自分が選んだのだからと受け入れるところは、素直にすごいなぁ~と感じています。

個人的には、テルさんの言っていた運命というのは、わたしたちは生れる前決めてきた、人生のブループリントのことだとおもいます。

さらに、運命(さだめ)を自分で決め、この地球でやりたいことをしにやってきました。

言い換えれば、どんなことも誰のせいにも出来ないってことになるとおもいます。

そして、そんな自分で決めた運命を笑顔で楽しむ。それが人の本質だとおもいます。

テルさんの最後は鳥になりたいという願いが叶いました。

そんな時に読んだ一句は、

五月雨は

嬉し涙や

不如帰(ほととぎす)

我は至れり

雲の上まで

テルさんの生きざまを垣間見える一句だとおもいます。

まとめ

まとめ

●室町幕府第十三代将軍・足利義輝は、剣の達人でもあります。

●華寅は、京の大土地神(きょうのおおとちがみ)です

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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